デビューの日6 出産

「もうちょっとで麻酔」
「麻酔したら吸引で即出産」

それだけを心の支えに
(結局効かなかった和痛注射の事は忘れる事にして)
陣痛に耐えることさらに一時間。

相変わらず痛みの間隔はすごく開いているのですが
波が来ると超絶痛い。

それもずっと尾てい骨周りが痛いまま。

噂の「お尻にテニスボールグリグリ」はまだ来ないのか…。

その時、何を思ったのか助産師さんが内診を始めました。

両親学級で
「産科医や助産師はプロなのでちょっと診ればお産の進行状況がわかる」
と聞いたのですが、やたら時間をかけて診ているような…?

助産師さんはちょっと考えるような仕草をしたものの何も言わず、
その後しばらくして(陣痛の合間は脳内麻薬でウトウトしてたので記憶曖昧)
院長先生がやってきて内診。

先生「(カイセンイジョウか‥!)」
助産師「(無言で頷く)」
ナカイ「・・・?」

小声で何かやり取りした後、
先生「もう、すぐにでも麻酔したいくらいなんだけど、
   ごめん、緊急の妊婦さんが今都内から1時間半かけて搬送されて来てて。
   このままだと車中出産になるかも知れない。
   そっちを優先させてもらっていい?終わったらすぐ来るから!!
   旦那さん、フォロー任せたよ!」

なんてことでしょう。
陣痛の自覚もないところから医療の管理下で
どんなに痛かろうと母子の命はほぼ保障されている私と違い、
車中で産まれてしまうかもしれないというその妊婦さんは
とてつもない不安と激痛に違いない。
自分と子供の命をかけて、ここに向かってきてるはず。

たまらない気持ちになった私は
ナカイ「もちろんです!ぜひそうしてあげて下さい!!」

そして、院長先生も助産師さんも看護師さんも
一気に隣のLDR室に行ってしまい、
私の傍には
私と中の人の命を測る分娩監視装置と、
イシカワさんが残されました。

なんて幸せなんだ。

と、心の奥底から思いました。

何があっても、私は日本の高度産科医療に守られてる。
このくらいの痛み、耐えないと。

そうしているとしばらくして
遠くからなんとも形容しがたい奇声が聞こえました。

敢えて言葉にするなら
「ハラホロヒレハレー?」みたいな。
完全に理性を感じない叫び声。

ナカイ「今の、人の声・・・?」
イシカワ「人の声、だね。」

あまりの事にその後は会話もせず、
ひたすらに痛みに耐えて呼吸を整える事を繰り返しました。

(続く)

某外食企業の人事労務担当。ちょうど中学校で家庭科が男女必修化された世代(逆算禁止)のため、「女性活躍推進」の冷静と情熱の間に存在している。社内で女性社員対応の担当になった2015年に結婚・妊娠・出産。ミラクルラッキーで預け先が見つかり、産後3か月でフルタイム復帰。現在は時短勤務。…と呼ばれているが残業と出張を拒否しているだけで意外と働いている。

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